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福岡高等裁判所 平成4年(う)170号 判決 1992年10月20日

本店所在地

福岡市博多区吉塚五丁目一番三号の一

有限会社ポート・ハウジング

(右代表者代表取締役 松屋博美)

本籍

福岡県糟屋郡粕屋町大字長者原二一〇番地

住居

同町大字長者原三三四番地の一

会社役員

松屋博美

昭和二四年六月二二日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成四年二月三日福岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官森統一出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人加藤石則作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官森統一作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。所論は、要するに、被告人らに対する量刑は、いずれも重すぎて不当であり、被告人松屋に対しては刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、不動産業を営む被告人有限会社ポート・ハウジング(本件各犯行当時の商号は、有限会社粕屋ハウジング、以下「被告会社」ともいう)の代表取締役として、その業務全般を統括していた被告人松屋が、被告会社の業務に関して法人税を免れようと企て、他人名義などで行った不動産取引等から得た利益を同社の簿外資金として秘匿したうえ、昭和六二年五月一四日から同六三年四月三〇日までの事業年度における被告会社の所得金額及び課税土地譲渡利益金額がそれぞれ一億五七七六万五九二五円及び二五八七万六〇〇〇円であったのに、右各金額がそれぞれ二一五万六五二五円及び二〇六一万円で、これらに対する法人税額が五九四万三八〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を博多税務署長に提出し、同事業年度における正規の法人税額のうち、六七一一万六五〇〇円を免れ(原判示第一の事実)、また、平成元年五月一日から同二年四月三〇日までの事業年度における被告会社の所得金額及び課税土地譲渡利益金額がそれぞれ九億六七四九万三五二九円及び八五一五万三〇〇〇円であったのに、右所得金額が一五〇七万八三二四円で、これに対する法人税額が四六一万三三〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を同税務署長に提出し、同事業年度における正規の法人税額のうち、四億〇六四八万〇六〇〇円を免れた(同第二の事実)という事案であって、右各犯行における逋脱率は、原判示第一の事業年度においては九一・八パーセント余り、同第二の事業年度においては九八・八パーセント余りと極めて高率であるうえ、逋脱額も、二期分合計で四億七三五九万七一〇〇円もの巨額に上ること、被告人松屋が本件各犯行に及ぶに至った動機は、不況時に備え被告会社の資産を蓄えておきたかったとか、同社の信用を維持するために、いわゆる土地転がしをしていることを秘匿したかったなどというものであるが、それは、国民の納税義務の重要性に照らせば、余りにも自己中心的なものであり、被告人松屋の納税意識の希薄さを示すものであって、格別酌量すべき事情があるとはいえないこと、しかも、被告会社が所得の隠匿を図った不動産取引においては、他人名義を利用するだけでなく、知人をして取引相手との契約に立ち会わせるなど、相手方に被告会社との取引であると悟られないようにしたり、名義料を支払ってダミー会社を利用するなど巧妙な偽装工作をし、また先物商品取引や証券取引では、他人名義や架空名義を使用するなどしており、その犯行態様は計画的で悪質なことなどの事情を併せ考えると、犯情は甚だ良くなく、被告会社及び被告人松屋の責任は重いといわざるを得ない。

他方、被告人松屋は、今では本件各犯行に及んだことを反省し、被告会社も、本件各事業年度における修正申告に応じたうえ、原判示第一の事業年度にかかる法人税の本税については、既に原審段階で全額を納付し、同第二の事業年度における法人税についても本税の一部を納付し、その他の未払い税金については、被告会社や被告人松屋所有の不動産を担保に提供して、その納付を完了するための努力を続けていること、これまで、被告会社に前科はなく、被告人松屋にもさしたる前科はないこと、同被告人が服役すれば、妻子や老齢の両親の生活だけでなく、被告会社の存続事態にも影響があると予想されることなど被告人らのために有利に酌むべき事情も認められる(なお、所論は、被告人らの刑を量定するに当たっては、被告会社が、既に原判示第一の事業年度に遡って青色申告の承認を取り消され、本件各事業年度後の高額の損失について、法人税法上の欠損金の繰戻し等の特典を受けられなくなっていることを有利な情状として斟酌すべきである旨主張するが、そもそも青色申告の承認を受けた納税義務者の種々の特典は、申告納税制度の下において、誠実で信頼性のある帳簿書類への記帳を約束した納税義務者が、右書類に基づき所得額を正しく算出して納税申告することを期待して与えられたものであるから、被告会社のごとく、不正行為に及ぶような納税義務者において、右制度の特典を受けられないとしても、所論指摘の事情が被告人らに有利に酌むべき情状であるとは言い難い)。

そして、前述した被告人らのために有利に酌むべき諸般の事情を十分考慮に入れても、本件が被告人松屋に対し刑の執行を猶予すべき情状の事案であるとまではいえず、同被告人を懲役一年六月の実刑に、また被告会社を罰金一億三〇〇〇万円に処した原判決の量刑はいずれもやむを得ないところであって、これらが重すぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により、本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雑賀飛龍 裁判官 濱崎裕 裁判官 川口宰護)

平成四年(う)第一七〇号

○ 控訴趣意書

被告人 有限会社ポート・ハウジング

外一名

右の者に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣旨は左記のとおりである。

平成四年六月一五日

右弁護人 加藤石則

福岡高等裁判所第二刑事部 御中

原審は、被告人会社を罰金一億三〇〇〇万円に、被告人松屋を懲役一年六月に各処したが、その量刑は、被告人会社に対する罰金刑は高額に過ぎ、被告人松屋に対する懲役刑は実刑である点で、いずれも重きに過ぎて失当であり、これを破棄しなければ正義に反するものと思料する。

第一 本件の犯情は悪質重大ではない。

一 原判決は、本件の逋脱税所得は二期合計約一一億二〇〇〇万円余で、逋脱税額は約四億七〇〇〇万円という巨額であり、逋脱の手段も、不動産取引についてはダミー会社を用いて取引を行ったり、他人名義で契約するなどの偽装工作をし、商品取引の大半は、借名、仮名による取引であり、本件は用意周到に準備された計画的犯行であり、その態様ははなはだ悪質であるとする。

二 本件の逋脱税額は確かに高額であるが、ここでお考えいただきたいのは、逋脱所得の大半は商品先物取引と有価証券取引によるものであり、本業の不動産取引による一億六〇〇〇万円についても、土地を購入し建物を建築して販売するという被告人会社の本来の形態による事業収入とは異なり、バブル経済における土地の異常な値上がりに便乗して転売利益を得たもので、非常時における正常ならざる収入である。

このように短時間で得たいわば濡れ手に粟といった収入については、安定性と継続性のない収入だけに、反面では何時損失を受けるかも知れず、これを秘匿しようという欲求が働き易く、不動産取引においてダミーを使ったり、商品取引で偽名を使う事例は多数見られるところである。

そして、犯情としても本件のような異常な所得を秘匿しようとするよりも、安定して継続した高収入がある場合にこれを秘匿して税を逋脱しようとする方がはるかに犯情が重いと思料する。

既に被告人会社は査察の対象となった次年度において、右の所得の大半を商品先物取引などで失っているところであり、このような所得についても、その額だけを単純に安定した継続的所得と対比するのは相当でない。

三 また、原判決は逋脱の態様が悪質であるというが、もともと法人税法第一五九条は「偽りその他不正の行為により」法人税を免れたものを処罰するというのであって、単純不申告事犯はその対象とならず、法条そのものが計画的に何らかの逋脱手段を講ずることを予定しているのである。

商品先物取引や不動産取引による所得を秘匿しようとすれば、借名、仮名もしくはダミーを用いることは一般的であって、このような方法なしでは所得を秘匿することは困難であって、その意味では必然的に本件程度の計画的手段を伴うことになる。

このような見地からすると、本件の場合にも、一般に用いられる逋脱の方法を真似たに過ぎず、特に悪質巧妙で手のこんだ偽装工作を用いたのではなく、特に悪質とは言い難いものと思料する。

第二 被告人松屋及び被告人会社決算状況について

被告人会社は、昭和六二年五月一四日に設立され、被告人松屋が法人成りしたもので、被告人会社の決算状況は概略以下のとおりである。

一(1) 第一期事業年度(昭和六二年五月一四日~同六三年四月末)

本件で問題となっている高砂物件、大楠物件、三築物件の簿外取引があり約二億円位の黒字

(2) 第二期事業年度(昭和六三年五月一日~平成元年四月末)若干黒字

(3) 第三期事業年度(平成元年五月一日~同二年四月末)

(一) 不動産取引では、今泉物件、薬院物件の簿外取引利益、

(二) 京都ダイカスト工業の株取引で得た約四一〇万円についての簿外取引利益、

(三) 商品先物取引により第三期のみに限定すると、金約八億七〇〇万円の簿外取引利益等があり、計数上は大幅黒字である。

(4) 第四期事業年度(平成二年五月一四日~平成三年四月末)

(一) 商品先物取引で金約二億九〇〇〇万円の損失、

(二) 株式会社ランドマーク(代表者鈴木健一)に対する貸付金三億円の焦げつきによる欠損、

(三) 株式会社ジイエムの千葉松雄に貸付けた金三七〇〇万円の焦げつきによる欠損

等があり、この年は金約六億三〇〇〇万の大幅赤字である。

二 これらの経緯を要約すると、被告人会社は、設立後日も浅い会社であるが、折からのバブル経済を背景に、運よく一時的に利益を上げ、その中から簿外資金を作出したことにより、当時世間一般の風潮がそうであったように、被告人会社も例にもれず、財テクに走り、これもまた大勝ちしたが、結局はその後利益の殆どを失い、後記の如く多額の租税負担を強いられることとなったものである。

第三 被告人会社への課税処分と青色申告承認の取消に伴う問題について

一 被告人会社は本件起訴後の平成三年七月一二日付をもって、前記の第一期の事業年度に遡り青色申告承認の取消処分を受け、第一期事業年度で本税金六八四八万八一〇〇円を、第三期事業年度で本税金四億一五五一万円の合計約四億八三九九万円の追徴という厳しい処分を受けることになった。

二 ところで被告人会社は、従来、青色申告をしてきたわけであるが、この「青色申告制度」というのは、五年間にわたり欠損金処理が認められ、(イ)「損失の繰越控除」-これは、黒字年度の前年に赤字があれば、この損失を黒字から控除するもの-(ロ)「税の繰戻還付」-黒字年度の後に赤字年度が出た場合、この赤字部分に対応する税を還付するもの-というもので、これらの制度は、企業に対する課税ないしは徴税について、いわば「五年間の所得を平均化した上で、課税をする原則」で、企業の健全な育成と課税との調和を図る制度で、課税ないしは徴税のあり方として、企業が儲かった時だけをねらいうちにして徴税し、損をした時のことは知らないという不公平な課税をしないというもので、これは企業課税の原則である。

三 そこで本件を前記経過に従い、青色申告により検討を加えてみるに、被告人会社は、前記第四期事業年度の欠損金約六億三〇〇〇万円につき、税の繰戻し還付が生じることとなり、その結果、もし被告人会社が青色申告の承認を取り消されなかったとすれば、追徴されるべき本税は、過去四期の事業年度を通じて、金約四三〇〇万円である。(最大限の誤差を考慮しても一億以下)と推定され、これが被告人会社の実勢に則したあるべき課税である。

したがって、本件の審理においても被告人会社が、第四期事業年度において、前記の如く、金約六億三〇〇〇万円にのぼる欠損金を抱えていることを無視して課税ないしは徴税するような結果を招くことは、被告人会社の実態にそぐわないばかりか、極めて不公平な課税となるといわなければならない。このような意味からして、国税当局が被告人会社にした青色申告承認の取消処分は、企業にとって、経営上致命的なダメージを与えることとなり、単なる税法上の行政処分を超え、決定的な懲罰となっているのである。このようなやり方は、著しい税の不公平となることは明らかで、前述した本来の制度趣旨を逸脱し、課税権の乱用であるとさえいわざるを得ない。

四 ちなみに、被告人会社は、この「青色申告承認の取消処分」という行政処分によって、最終的には、

(1) 法人税 七億二八四八万八一〇〇円(重加算税を含む)

(2) 市民税 五三〇〇万円

(3) 事業税 一億三〇四〇万円

(4) 県民税 二八六二万九〇〇〇円

合計 九億四〇五一万七一〇〇円

という巨額の租税負担を強いられるところとなり、今や、倒産の危機にさらされているのであり、かような現状は、前述の青色申告制度の根本精神に反するものであり、企業にとって、「青色申告承認の取消処分」という行政処分がいかに過酷なものであるかを如実に物語るものである。

このように「青色申告の承認の取消処分」という行政処分によって、被告人会社及び被告人松屋が決定的なダメージを受けたことを本件の量刑上、十分にご考慮願いたいものである。

さなきだに、税法違反に対する罰金の併科刑については、二重の制裁の感が強かったのであるが、本件のように事後に欠損金を生じ、一方ではバブルがはじけて不動産の価格が下落したために膨大な損失も生じている被告人会社にとっては、特に右行政処分の影響が重大であり、それだけの制裁を既に受けているのである。

第四 修正申告並びにその履行

被告人らは本件脱税を深く反省し、原審公判開始前に脱税の事実を認め納税庁である博多税務署に修正申告手続きをした。この修正申告は同税務署によって受け容れられ、前記した課税処分が同税務署より被告人会社に課されたところである。

この課税処分のうち、被告人会社は公訴事実第一にかかわる逋脱分については原審で立証した通り完納済みである。また、公訴事実第二記載の逋脱額についても原審で立証した通り、国税局徴収部との間で、完納するためその納付方法、時期等について合意に達し、このとおりの履行を実践してきているのであるが、特に、被告人松屋個人の不動産を担保として提供しており、この点からも納税に対する被告人らの熱意をお汲み取りいただきたいと存ずるものです。

これらのことから、被告人らは本件脱税を真摯に深く反省し、脱税額を完納するために努力していることが明らかであると思料する。そして完納するには被告人会社の事業の継続が必要不可欠であり、ここでもし、被告人松屋が実刑になると、被告人会社の倒産は必至で、そうなると逋脱額の完納が不可能になってしまうことになる。

これは、国家財政の上からも非常にマイナスであると同時に、被告人松屋の家族は路頭に迷うことになりかねないのである。

第五 この他、被告人松屋には特にこれといった前科・前歴もなく、既に本件がマスコミ報道等なされて社会的制裁を受けていること及び被告人松屋がその家族及び両親並びに被告人会社で働く従業員等のために一生懸命に頑張っており、欠くことのできない支柱的立場にいること等も合せ考慮するならば、今回に限って被告人松屋には執行猶予の判決が相当であると思料するものである。

また、被告人会社への罰金についても、前述したような客観的理由や逋脱金の殆どが会社の事業運営のために使われていることや被告人会社が現在厳しい経営状態に置かれていること並びに実質罰金刑ともいえる重加算税を納付していっている事情を考慮して、原判決を大幅に軽減されるのが妥当であると思料するものである。

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